司法書士法人ジェネシスと聞いて思い浮かぶこと

キリスト教の知識が多少あれば「司法書士法人ジェネシス」と聞くと
旧約聖書の創世記を思う人が多いのではないでしょうか。
司法書士法人を例にあげましたが、意外と多くの企業が
ジェネシスという単語を使っているんですね。
社名や商標として登録している企業が多いことが調べてみてわかりました。
言葉の意味としては起源や始まりなどや、創造するというイメージも多くの人が持つでしょう。
そういえばイギリスのロックバンドが「ジェネシス」という名前でしたっけ。

定性リサーチの何故?でなく定量リサーチのどれ?から宗教を始めたら。

宗教と流行りは相容れない関係のようですが、そんなことはなく少し街を流すだけで、
流行りに乗っているな〜と感じる布教をみることがあります。
通常では考えられないですが、ファンションとしての宗教がある以上当然といえば当然かもしれませんし、
見向きをされないと布教にならないとも言えます。
その場合、本来の教義の意義を見失っていることが往々ですが、
ファッションとしての場合そもそも知らないということもあります。
定性リサーチの何故?でなく定量リサーチのどれ?から宗教を始めたら意味がないような気もしますが、
行き着く先が同じであればいい、という考えもまた一計?

友人がに糖尿病に!?

嬉しいニュース!世界遺産に「長崎教会群とキリスト教関連遺産」再推薦決定とありました!
日本のキリスト教を語る上では欠かせない国内最古の教会「国宝の大浦天主堂」と長崎教会群。
それが世界遺産再推薦決定です!今度こそ登録となる事を願うばかりです。
そんなニュースでキリスト教の研究仲間と話をしていたらら、
友人はお医者様に「糖尿病に認定されました」と自虐的に教えてくれました。
確かに食べることが趣味でもある友人なので、ちょっと納得してしまいましたが、
まだ軽度であるということで、しっかり体調管理と適度な運動を習慣づけるべく、
生活改善してるとの事。
病気は軽度であるうちにしっかり対処していきたいですよね。
友人よ、糖尿病にまけるな!

給湯器交換などにように簡単に交換できるものではなく。

代替品が、なかなか利かないのが歴史など長年培ってきたもの。
「教義がなんだかわかりづらいから」と、給湯器交換などのように
メーカーに問い合わせて簡単に交換できるものではありません。
JPOPではないですが、オンリーワンでなければなりません。
しかし、人間のおぞましい本分で、
甲乙をつける、人の上に立つ、人の下につきたくない、自由でいたい等々、
本来教義とは関係ないことから、道を別つことが往々にしてあります。
またもやJPOPで申し訳ありませんが、
オンリーワンは極論すれば交わらないもの、みんながオンリーワンの世の中で、
手を繋ぐことはあり得ないとも言えますね。
宗教、JPOPに限らず、問題のそもそもを辿ることは疎かにしてはいけないのです。

クラシコの白衣を出すまでもなく。

クラシコの白衣を出すまでもなく、結局白黒つけたいのが人間なのだと思うのです。
白衣がグレーでは白衣でないように。
突き詰めればどの宗教も人に優しくを説いているのに、
宗教家でさえ他の宗教者を糾弾しています。
さらにいえば、同じ宗教内でも揉めるのですから、滑稽と言わざるを得ないでしょう。
キリスト教もイスラム教もヒンドゥー教も仏教も初期の言葉では今に伝わらないからと、
言説に落とし込み、普及させその結果、分裂するという現象が見れます。
普及が悪いのか、アレンジが悪いのか、どこかで誰かのエゴが介入し、
その結果そのエゴを受け入れることができず分裂するでしょうが、
そもそも時代によってなぜ言葉って変わるんですかね。
不思議ですし、何かしらの力を感じざるを得ないと思うのは私だけ?

DVD買取など隆盛の時代、両者はもうおらず。

ベータとVHSのいわゆるビデオ戦争がありますが、
宗教の争いも要はこれと一緒だと思っています。
キリスト教のプロテスタントとカトリックに限らず、
仏教でも大乗や小乗、さらに言えば密教。
今ある宗教は様々な括りを設け区分を分けています。
何故かというと、私が思うに都合が悪いからだと思うのです。
生活に宗教を取り入れる時、捨て去るものが出ますが、
どうしても捨てられないものがある、でもそれでは救われない訳で。
ベータとVHSもやっていることは同じですが、
ダブルスタンダードは両者にとっては都合が悪いのです。
とはいえDVD買取など隆盛の時代、両者はもうおらず、
宗教も同じようなものでなければいいのですが。

カラコン通販を見るとひどく種類が多いことが見て取れますが。

キリスト教に限らず、宗教は時代が経つごとに分化していきます。
私は正直エゴ以外のなにものでもないような気がしているのですが、
昔の言葉が、そのまま現代で伝わらないように、
ニュアンスや時代背景の影響で分化を余儀なくされたということもよくわかりはするのですが、
それでも…と思ってしまいます。
突然、話は変わるようですが、カラコン通販を見るとひどく種類が多いことが見て取れます。
色はもちろん、円の大きさ、線の入り方だったり、パッと見同じじゃないか、
どれでもいいではないか、と思うのですが、
これらを選び取る人には全く別のものに見えるのだと思います。
もとをたどれば同じでも、伝え方は千差万別。
それはいいことなのか。

当然、終末に火災保険は無意味。

キリスト教に関する闇に炎あり。と勝手に思っています。
キリスト磔しかり、他宗教弾圧しかり、
葬る場合に炎を使い全てなくそうとすることが多くあります。
時代だと言えばそれまでなのですが、
現代に比べ昔の炎は人から全てを奪う象徴でもありましたから
当然でしょうか。
きっと昔に火災保険があったら多くの人が加入したことでしょう。
キリスト教に限らず、終末には業火が世界を覆い尽くすと記述があります。
カッパドキアの核戦争跡など現代では解明不可能なことが
まだまだありますから、ないとはいえないかもしれません。
当然、そんな事態に火災保険なんか無意味でしょうけど。